秋の風物詩とも言うべき…

■月餅 ―中国では中秋の名月の日の食べもの―

 秋たけなわとなる頃、中秋節がやってくる。春節や端午節とならび、中国人にとって最も楽しい節句である。十五夜になると月見の宴を張り、家々に祭壇をしつらえ生花や瓜、果物、酒、月餅を供え月の神を祀った。
 月餅は、日本では年中売られているが、中国ではこの時期だけに作られる。なかでも北京、蘇州、広東など行事を重んじ、調理にこだわる地方のもののほうが美味しい。
 大きさは直径5~6センチから30センチにおよぶものがある。普通は花模様の木型で抜くが、大きいものになると手作りで丸める。餡も多彩で、小豆、胡麻、落花生、くるみ、乾葡萄、松の実、瓜の種、なつめ、脂身などをみじんにして作り、オレンジ色の鹹蛋(アヒルの卵の塩漬け)を月に見立ててハスの実餡の中にはさんだり色々である。
 とりわけ中秋節の頃は、一年で最も恵まれた季節であり、農作物をはじめ山野の幸が豊富で、心楽しい時季だ。
 秋の風物詩とも言うべき月餅の起源は、十四世紀前半、と言うと元の末期のこと。ジンギスカンが強力な蒙古軍を率いて金族を滅ぼし、元朝を築き、長年にわたり漢民族を迫害し続けた。
 いよいよ元朝末期になり各地に反乱が起きた。朱元章という男が現れ、農民改革群を組織し転戦した。最後の一戦を8月15日の満月を期して一斉蜂起する旨の秘密文書を月餅に包み、同志に配った。そして元軍を滅ぼし、朱は帝位についたと言う逸話から八月十五に月餅を食べる習慣が生まれた。
 これと似たような話が、矢野憲一氏の「魚の文化史」にある。「天智天皇がお亡くなりになると、皇位をめぐって大友皇子と大海人皇子が対立する。いわゆいる壬申の乱(672年)が起こった時、大海人皇子をだまし打ちにする計画を知った大友皇子の妃の十市皇女が、フナの包み焼きの中に手紙を押し込めて、父の大海人皇子に危機を知らせた」話がある。
 私はこれを読んだ時、月餅のことをすぐ思い出した。月餅といい、フナの腹中に密書を詰めるなど、人の意表をついた奇抜なアイデアに感心する。
 中秋節に月餅のほかに家庭で簡単に作れる団円餅がある。小麦粉を水でこね、餡を入れ、蒸した餅で神にもお供えをする。
 婦女子の好物でもある。月は女子の神様であって深く礼拝するが、男子は拝まない習慣がある。男不排月と言う言葉がある。いずれにしろ、満月は家庭円満のシンボルである。


<原文ママ>
出展:折々の切楽板記(著者 福新楼 谷口昌介)より